9月1日(火)。『呪術廻戦』最終巻の発売時には新聞広告にもなった〝魂の寄辺〟のイラスト。なにが面白いって、ダンスにおけるリードポジションは宿儺で、フォローの悠仁からは始められないこと。なぜか踊りにくい恋人繋ぎで、お互いの手を握り合っているところ。
ほか3枚のイラストを踏まえると、この悠仁は宿儺から見た姿で間違いないのに、宿儺のなかの悠仁は楽しそうに笑っていて、宿儺は苦虫を噛み潰したような表情で、でも右手はしっかり腰を支えている。夢みたいな雪夜。

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9月2日(水)。ブログサーバーの契約更新を意味もなく先延ばしにしていたら、手続きの仕様上10%OFFクーポンが使えなくなって、それだけで3千円損してしまった。次の更新時(3年後)は同じ轍は踏むまい……(;▽;)ピエン
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9月3日(木)。2日遅れですが、ジョングク氏の誕生日を祝いにケーキ屋へ。《カカオドライブ》704円、濃厚なチョコムースといちごジュレにクランブルが入った絶品で、おしゃれなカタチが食べづらかったです笑。センイルチュッカハムニダJK〜ヽ(=´▽`=)ノイエーイ!

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9月4日(金)。『呪術廻戦』30巻。「愚行を演じきったことは褒めてやる」は作中屈指の分かりやすい嘘で、悠仁に偽りがないことを、宿儺はこの世の誰よりも知っている。そもそも《契闊》という手段は、宿儺が悠仁の善性を信じた証拠でもある。にもかかわらず、演技だ、信じない、「呪いだぞ……!!」と突っぱねる態度には、宿儺が悠仁の言葉に傷ついたぶん、悠仁も自分の言葉に傷つけばいいという最後の意地を感じます。
「なんでそんなに必死なんだ?」「アンタでも死ぬのは恐いんだな」と伏黒に指摘されるほど拒んだ死と呪いを、小僧へのプライドでもって乗り越える呪いの王。
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9月5日(土)。ちなみに宿儺の受肉体になったこと、津美紀を殺したこと、悠仁の手を拒んだことは刺さっても、「オマエが助けた小僧は大勢人を殺したな」はかえって伏黒を正気に返す言葉で、宿儺は完全にチョイスをミスっている。渋谷の大量殺人が虎杖のせいなんて、伏黒はたぶん微塵も思ってない(°∀°)ホホホ
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9月6日(日)。VS秤パイセン戦で裏梅が口にした「人間性こそ孤独を恐れる弱さだ」から分かるように、裏梅は宿儺と同じ孤独を抱えている。
にもかかわらず、裏梅が宿儺の生き方を変える存在にならなかった理由は、宿儺が身の丈で生きた結果として下された《呪いの王》という称号を、補完する忠臣だったからだと思います。けしてその枠を出なかったし、宿儺も裏梅自身もそれでよかった。

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9月7日(月)。宿儺VS鹿紫雲(かしも)戦での「強いというだけで愛され、愛に応えている」は、裏を返すと〝強くなければ見向きもされない〟。強さを極めることで自尊心を得る一方で、強さへの執着は劣等感にも繋がるから「愛など下らん」。
万(よろず)が語った「絶対的な強者 それ故の孤独 あなたに愛を教えるのはこの私」は、最初から勘違いだから鼻で笑われている。五条や鹿紫雲のように強さゆえに孤独になった人は、生まれながらに呪われて強くならざるをえなかった人間からすれば、確かに「贅沢者」で「強欲」で、自分と他者のあいだに自ら線を引いた者と他者から線を引かれた者とでは、孤独の前提がそもそも違う。
五条も鹿紫雲も万も、両面宿儺の人物像を勘違いしたまま戦って、勝手に満足して逝ってしまった。その誤解を解かないことこそ、呪いの王の慈愛でしょう(´Д` )ハァン
「貴様らは(愛を)知らんというより理解できていない」とする宿儺は、実はナルシズムに酔っていないところが珍しいキャラクターだと思っています。
同格またはそれ以上の存在でなければ愛の対象にならない、そんなエゴを前提とした愛では満たされないから「他者に満たしてもらおうなどと考えたこともない」んだよ。
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9月8日(火)。久々の皮膚科。【酒さ】の赤みは引かないものの今年の夏は痒みが出なくて快適だったので、治療は当面、現状維持ということになりました。漢方は効かなかったのでアゼライン酸《AZAクリア》と《親水クリーム》といつもの処方だけしてもらい、献血のリベンジに向かいます。
今回は低血圧はクリアできたのに、血液中のヘモグロビン濃度が足りなくて撃沈(泣)。悔しいので食生活を見直します。鶏むね肉ばっかり食べているんじゃダメかぁ(-ε´-。)チェッ

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9月9日(水)。ポイントを使って《黒毛和牛ローストビーフご飯》ケーキ・ドリンク付きセット2354円を食す。塩分控えめなオイルドレッシングのグリーンサラダにポテサラ、ほのかに温かいローストビーフとオニオンソース。柔らかな赤身の薄切り牛肉はあっさりしていて和食を食べる感覚で、このお店はスイーツがメインな印象でしたが食事の評価が上がりました。シフォンケーキはモンブランクリームたっぷりでかなり甘くて、シフォンケーキなのにがっつりしていて好き(*¯◇¯*)アーン


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9月10日(木)。『呪術廻戦』最終巻。悠仁がほかの誰とも違うのは、宿儺がかつて自分で切り捨てたような弱さ、価値を見出せないような無力な状態にした上で、そんな命を「オマエは俺だ」と掬い上げたこと。
「次があれば、生き方を変えてみるのもいいかもしれない」と認めた呪いの王は、丸くなったというより(文字どおり)憑き物が落ちたように見える。その心境の変化を呪霊である真人に語るのは、悠仁と違って宿儺を揺さぶる存在ではない、ぶっちゃけどうでもいい相手だからでしょう(´∀`*)ウフフ
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9月11日(金)。なにひとつ理解し合えず相容れもしない相手に「もう一度やってみよう」と手を差し伸べる、自身の怒りも憎しみもすべて飲み込んでまで一緒に生きようとした悠仁だけが、宿儺にとっての愛だった。
鹿紫雲に語った「愛など下らん」と、小僧をけなす「オマエはつまらん」は、同じ根っこからくる言葉。
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9月12日(土)。自分の母とナムジュンのお誕生日当日。ジョングクのお祝いをしたケーキ屋さんが周年祭を開催するというので再訪したところ、行列ができる大盛況っぷりでした。レモンティー、和栗のモンブラン、アップルパイ、シャインマスカットショートケーキの4個が入った《秋の味覚セット》1944円を購入。3ヶ月使える10%OFFクーポンも貰えて、もちろんケーキも美味しくて凄く得した気分(〃ˊㅂˋ〃)エヘヘ


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9月13日(日)。沖縄県知事選挙結果……。米軍基地は沖縄ではなく本土の問題なのに( º言º)ギギギギギギギ
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9月14日(月)。久しぶりの晴れだけどめっちゃ暑いーーーε=ε=ε=ヾ(。`Д´。)ノウォォォォォッ!
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9月15日(火)。『呪術廻戦』最終巻。「こいつらはどこまでいっても〝呪い〟なんだ」と見なした悠仁がなぜ宿儺に手を差し伸べるのか、唐突に感じるところは確かにあります。
でも24巻の「オマエ達は!どうして普通に生きられない!」は呪霊の真人には絶対に使わない言葉で、この時点ですでに宿儺を人として捉えているのが分かる。おそらくその過程には、自分の出生の秘密と九相図兄弟の存在があったんじゃないでしょうか。半分は呪霊、半分は人間として生まれてきた脹相が優しいのに、宿儺はなんで……って悠仁なら絶対に考えたはずで、その流れをすっ飛ばしてしまったのは非常に残念(´・ω・`)ションボリ

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9月16日(水)。「俺は部品だ」と立ち止まらないために自分の心を殺し続けた悠仁が、「でも人間は道具じゃないから生まれた時に役割が決まってるわけじゃない」と苦しみの元凶である宿儺に話すのは本当に凄いことで、それを「情けをかけようとしている」「憐愍を垂れくさった」で片付けようとした宿儺は分かってない。本当は分かっているんだろうけど(・m・*)ムスー
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9月17日(木)。先月末に鑑賞したドキュメンタリー『共に生きる 書家金澤翔子』という映画に感激した理由のひとつには、金澤翔子氏が「素直になーれ」と子どもに接する姿に、悠仁くんが過ぎったからでもありました(;ω;)ウルウル
少年マンガの主人公における虎杖悠仁のもっとも刮目すべき特性は〝素直さ〟だと思っています。エーリッヒ・フロム著『愛するということ』の原題が〝愛の技術〟であるように、愛は技術で補える。でも素直さは技術では補えない。
順平に「話してくれ」と真っ直ぐに向き合えること。来栖について「釘崎の代わりみたいになるのが怖くなった」と吐露できること。最たるものとして「オマエがいないと寂しいよ」と伏黒に自分の気持ちを伝えられること。素直さは生きていく時間のなかで損なわれることのほうがはるかに多いから、飾らない心でもって相手に寄り添える悠仁くんは本当に稀有。
素直なひとには、人って素直にならざるを得ないんだよね。

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9月18日(金)。悠仁が生まれながらに《宿儺の器》だった件については、通っている高校の百葉箱になんで指が?受肉体として目覚める条件ってなに?羂索は息子を産んでからずっと放置?伏黒を助けるために指を呑んだ悠仁の決意は?など、ツッコミどころ満載ではあるものの。
倭助(わすけ)爺ちゃんが死んだその夜に双子の片割れである宿儺が目覚めることは道理に合っていて、第1話のタイトルは【両面宿儺】と書いて【虎杖倭助の死】と読みます。
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9月19日(土)。爺ちゃんの遺言の「オマエは強いから人を助けろ」の〝人〟には宿儺も含まれるから悠仁は手を差し伸べるし、大好きな爺ちゃんが「俺(宿儺)を助けろ」と言うんだからやり遂げる。もはや爺ちゃんが自分を救える魂が生まれてくるのを待って、孫として育てたんじゃないかと疑うレベル。
そんな爺ちゃんの「俺みたいにはなるなよ」という後悔は、15歳の孫を独りにしてしまうこと、孫に人との繋がりを残してやれなかったことへの嘆きであって、自分の人生そのものを悔いているのではないと思いたい。
悠仁の善性は間違いなく爺ちゃんの功績だし、宿儺と爺ちゃんを同一人物とすると爺ちゃんと悠仁のような関係を、宿儺は裏梅と築いていくことだってできたはず。

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9月20日(日)。すべての命に価値はあるから悠仁は宿儺に手を差し伸べたけど、「誰かを呪うんじゃなくて誰かと生きるために」の「誰か」に宿儺を選んだことは、悠仁の意思であって慈悲や慈愛ではおさまらない。そのことにあとからでもいいから宿儺は気づいてほしい。
27巻の「小僧 貴様に何ができる」の答えは、最終巻の「俺だけはオマエと生きていける」だよ。
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9月21日(月)。お盆は帰ってこなかった姉がシルバーウィーク帰省。台風の影響のなか駅まで迎えにいって、点心が食べたい母のリクエストで小籠包屋さんに家族4人で行きました。自分は《チャーシューネギラーメンセット》1630円を注文。あっさり系スープに上質なチャーシューが美味しかった(。´ω`。)マンプク



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9月22日(火)。連日の雨に天気が心配でしたが、まさかの晴天。免許は取得したがマイカーは所持しておらず帰省したら車の運転がしたい姉とそのサポート役の母、後部座席にただ乗っているだけの自分と参加してくれた友人の4人で、日本で2番目に大きい淡水湖【霞ヶ浦(かすみがうら)】までドライブに出かけました。
行きは高速道路を使って、守谷(もりや)サービスエリアにある【肉の大山】のメンチとコロッケを買い食いしたりしつつ、お昼すぎに茨城県行方(なめがた)市の【道の駅たまつくり】に到着(ㆁωㆁ*)キラッ

目当てのご当地ハンバーガーの食券は買ったものの、連休中の好天日なこともあり店内は混んでいて、霞ヶ浦がよく見える屋外デッキのテーブルは運よく確保できましたが、食事が提供されるまで50分かかったと思いますハンバーガーなのに笑。名物のナマズバーガー《なめパックン》や鯉を使った《こいパックン》を食べるべきところ、食に関して保守的な自分は《かもパックン》セット980円を頂きました( •ω< )テヘペロ


真新しいモダンな造りの動物園を遠目に見つつ、期間限定で猫カフェ併設の展望台は受付終了で入れなかったので、大橋を引き返して【かすみがうら市水族館】へ。大人料金330円の小さな施設ですが見応えはあって、水中の生き物たちを眺めていると海って異界だなぁ……とあらためて思ったり。《ブラックゴースト》という古代魚の名前に厨二病心がくすぐられ、両面宿儺が釣っていたアメリカザリガニは姿を隠していて見られず、推しのミン・ユンギ氏にそっくりといわれるウーパールーパーはピクリとも動きませんでした。さすがは「来世は石になりたい」ひとですね(-ㅅ-)スン


霞ヶ浦の水際まで近づいて4人で記念写真を撮って、【かすみがうら市交流センター】のカフェで休憩。帰りは高速道路が渋滞しているため一般道を使いましたが、それでも帰宅が遅れ気味。東京に帰る友人とは【幸楽苑】で夕飯を食べたあと、常磐線の始発が出る取手(とりで)駅でお別れになりました。久しぶりに一緒の時間を過ごした友人とは、振り返ってみると表面的な会話ばかりでちょっと心残りでしたが、楽しい時間はあっという間のドライブでした(*´꒳`*)ムフー



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9月23日(水)。いつもお土産をくれる姉にお礼がしたくて、おすすめのホットチョコレートを一杯奢りにいきました。自分が選んだ《マダガスカル》のヨーグルトのような乳酸発酵風味、との説明に首を傾げましたが、確かにとろっとしたフルーティーさがあって美味しかったです。去年のブログでは750円、今年は1100円になっていて驚いたものの、姉が喜んでくれたようなので満足。ほかにお客さんがいなくて少し長居ができたのもよかった(o^^o)ニッコリ

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9月24日(木)。『呪術廻戦』最終話。悠仁が呪詛師の青年にかけた「間違えたって思ったんなら大丈夫だって!」「期待してる!」は宿儺に贈る言葉でもあって、心も体も人生もメチャクチャにしてきた相手にまだ気持ちを傾けられる悠仁くん、齢15にして菩薩すぎやしないか……。呪いの王は思っていたより人間だったけど、呪いの王の器は思っていたより人間じゃなくない?(;゚Д゚)ハワワ
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9月25日(金)。「身の丈にあった不幸を生涯噛み潰していればいい」も「オマエはもう真っ当になど生きていけない」も、かつて宿儺が自分で自分にかけた呪詛でもあったんだろうけれど。悠仁が「噛み潰してみろ」と言い返した「不幸(おれ)」は、宿儺にとって全然不幸じゃなかった。
悠仁は呪術師ですが、他者を呪うことからはほど遠い存在だと思います。ただし真人にだけは別(°∀°)ホホホ

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9月26日(土)。宿儺は生まれながらに呪いを背負っても人間だから変われるし、真人はどこまでいっても呪いでしかないから生まれ変わろうが何度でも殺す。真人という呪霊は人が人を呪うときの悪性の塊で、そんな真人が虎杖悠仁に執着するのは、悠仁が人間の持ちえる善性そのものだから。
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9月27日(日)。例の〝魂の寄辺(よるべ)〟の意味は分かるもののニュアンスが掴めないので、「寄辺」の例文として広辞苑に載っていた『源氏物語』第2帖【帚木(ははきぎ)】の現代語訳を、青空文庫にあった与謝野晶子翻訳版で読んでみたところ、該当部分は「生涯の妻」と訳されていたので遠い目になりました( ‘-‘ )スン

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9月28日(月)。同じように肉体に魂を同居させた伏黒は宿儺をどう受け止めたんだろうと考えたものの、同情の余地はあっても悠仁のように掬い上げはしないだろうと思います。津美紀のことだけじゃなく、悠仁と伏黒の価値観はすでに少年院の事件で対比されていて、「善い奴も悪い奴もどっちが本当の人間かなんて分からん」悠仁と違って「俺は不平等に人を助ける」な伏黒は、自己判断でもって善人と悪人を区別するし、命を秤にかけることもある。
宿儺の伏黒に対する興味関心は、五条を倒す手段としての《十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)》もとい《魔虚羅(まこら)》にあったわけですが、伏黒の厭世的な性格は少なくとも悠仁よりかはずっと好感が持てたんじゃなかろうか。
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9月29日(火)。夜1回上映の映画までの時間をショッピングセンターで潰そうとしたら、なんと断水によりトイレが使えず、往復が面倒なので映画館が入った本館ではなくトイレが使える別棟で過ごしました。そして時間になったので劇場へ向かったらまさかの上映中止、チケットは払い戻し手続きをすることに。仕方がないとはいえ映画に合わせて用事を済ませて夕飯も食べていたので悲しかったです。良かったことは『呪術廻戦』コラボを偶然発見したことぐらい(T ^ T)グスン

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9月30日(水)。母との月末ランチの日。いつもお世話になっている美容師さんおすすめのお寿司屋さんを初訪問。店内の奥は個室にもなるテーブル席がたくさんあって、ランチメニューも豊富でいい感じ。自分はにぎり10貫とサラダとお味噌汁付きの《魚河岸にぎりBセット》1870円にしました。ネタは美味しいもののシャリが小さく、お得感はあるんだけどボリュームには欠ける感じ。旨味たっぷりのアラ汁が嬉しかったです(*¯ч¯*)モグモグ


