クォン・ラビン著『家にいるのに家に帰りたい』:あたりまえじゃない愛を数える。

図書館の韓国書籍コーナーで、なんとなく心惹かれる本を借りた。素敵なイラストと、どこかで耳にしたことがあるタイトル。読み終わったあとで調べたら、BTSのVこと방탄소년단(バンタンソニョンダン)のキム・テヒョンが読んだ本、と紹介されている。どうりで琴線に引っかかったわけである。

クォン・ラビン著/チョンオ絵『家にいるのに家に帰りたい』。自分のように読書が苦手な人でもさらっと読めるエッセイ集だ。でもなんだかもったいなくて、就寝前や気分転換がしたいときに少しずつ読み進めた。

辰巳出版/2021年発行/単行本:204ページ/本体1200円

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著者は94年生まれで本書がデビュー作。父親との思い出や友人との出来事、恋人との関係といったエピソードが、スッと心に染み入るような文体で語られる─────〝シンプルだけど、決して軽くない文章をつむぎたい〟という本人の言葉どおりに。センスもさることながら、自分はその感性に胸を打たれた。

憂鬱な気分から抜け出す方法は、コインランドリーに布団を出して、洗濯が終わるまで散歩すること。その洗い立ての布団を抱えて家に帰り、ふかふかの感触にくるまれて眠るのが幸せだという。

タクシーのカーラジオから流れてきた、リスナーの話に涙する。それだけなら(そんな日もあるだろう)と思うのだが、その日以来タクシーに乗るときはいつもラジオを聴いて、あのハガキの彼女はどうしているのか思い出すというのだ。

その傷つきやすくも愛と優しさに満ちた感性を、素直に羨ましいと感じた。いつだって己のことで頭がいっぱいで、他人に興味がない自分のような人間には、真似できないとも。

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つい最近、あくまで自身に対する自虐的な物言いが、相手にも失礼になってしまった出来事があった。端的に失言をしたわけだが、考えたり選んだりしていない咄嗟の言葉には、マイナス思考の自分が現れてしまうものだと実感した。

いつだって頭のなかは理屈という名の言い訳で回っている。でも他人にネガティブな表現はしたくない。嫌な気持ちにさせたくないし、相手を否定する資格もない。自分自身はともかく、他者には肯定的な言葉をかけられるように─────そう心がけていたつもりだったのに。

そのときようやく(自虐はダメだ。よくない)と悟った。自分が殻に閉じ籠もるための呪いが、相手にも及んでいるならやめるべきだと。でも、ダメなところばかりが目につく自分を、どうすれば肯定的に捉えられるだろう?

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本書には〝「あたりまえ」なんてない〟〝あたりまえなんて思わないで〟というフレーズが繰り返し登場する─────愛と人間関係を壊すものとして。その言葉にヒントがある気がした。

母がいつのまにか片づけてしまう家事。忙しい姉がそれでも必ずおみやげを買って帰ること。父がいることで支えられている生活。同僚には仕事をこなすためだとしても、助けられている事実とか。

そのひとつひとつの配慮と同じように、自分が自分のためにしているささやかなことにも「あたりまえ」なんてないのかもしれない─────自分自身を思いやっているなんて、可笑しな表現かもしれないけれど。

やらなくてもいいけど、やると気分よく過ごせること。自分で自分を労わるためにしていること。頑張ったら褒める。疲れていたら癒やしてあげる。具合が悪いときに責めたり、頑張れなんて叱らない。嘘をついたり誤魔化したりもしなくていい。

自分自身を愛することは難しい。このネガティブな思考の癖も、そう簡単には変わらないだろう。それでも相手への言葉に気をつけるように、自分への言葉も大事にする。自分に上手く声がけすることで、他者にも前向きな言葉が届けられるのなら、その心がけは苦ではない。

今日感じた「あたりまえ」じゃない優しさを数える。あのひとが私にしてくれたこと─────私が私に、してくれることを。

そしていつか上手に自分を愛せるようになったとき、心から人を思いやれる人間になれますように。

手元に置いておきたくて購入しました。